灯光舎の創立を船出と称して、出版界の荒波に飛び込んで6年が過ぎた。その間、何度も岸壁にぶち当たり、方角を見失い、いくども大波にさらわれ転覆しかけてきたが、何とか航海を続けて、シリーズの刊行物を含めて15点ほどの書籍を刊行している。毎年、各地の直販イベントに参加させてもらうが、年を経るごとに机上の空間が狭くなって並べるのに少し工夫を要するようになった。そのときに何となく航海の経年を思うことがある。刊行点数が増えていくのは嬉しいが、本それぞれ向いている方向が違うので版元の特徴が定かでないことが露見してしまい、むずむずとする。机上の本をしげしげと眺めて、僕を直視したかと思うと唐突にジャンルを聞いてくるお客さんがいて、ひやひやもするのである。

 

 そういう経験を重ねてこれは何か格好がつくものがいるだろうと思って、ホームページの冒頭にある日常の文学性なる言葉を身にまとってみた。もう少し丁寧な言い方をすれば、何気ない日々の積み重ねのなかにある文学性のようなもの、何か普遍的なものをつかまえて本を編めたらいいと思っているが、文学性とは何かはよくわかっていない。まあなんでもかんでも言語化するような風潮に抗う意味ではこのままでもいいが、言い換えれば、日々の暮らしに潜む文学性を追求せんがため本をつくっているともいえる。イベントにきたお客さんにこんな話をすると、困惑した顔つきになる人よりも、お互いに何だかわかったような顔つきになりへらへら笑ってすましてしまうことが多くて愉快である。

 

 昨年のあるイベントで本を並べてお金のことを考えていたら、ひとりのお客さんが机を挟んで僕の目の前に立ったのでいらっしゃいませと声をかけた。腰を屈めてふらふらと揺れながら、机上に並んだ本をしげしげと眺め回して、一冊の本を買ってくれた。僕がお釣りを渡す時にそれを両手で受け取ったかと思うと僕を直視して、これってジャンルや方向性ってあるんですかとぼそりと聞いた。それがないと言えばないのですよと答えると、とても納得した表情をしてどこかへ行ってしまった。文学性がどうのこうのと胡散臭い講釈をする前に何かを感じてもらったようであるが、その人の胸の内はもうわからない。

 

2025年3月3日 付記 

面髙 悠


灯光舎の船出

2019年6月3日、「灯光舎」という 

小さな看板を背負い、出版という大海原へ大冒険に出ることになりました。 

少しずつではありますが、一歩一歩を着実に踏みしめていきたいと思っています。

この本づくりという歩みを進めるうえで、三つの柱を重視したいと思います。

 

「人びとのアイディアや想いを大切にする」

「共感したことを丁寧に表現し、本というカタチにしてゆく」

「読者へ届けることに尽力する」

 

本づくりとしては基本的なことで「あたり前」のように

思えるこの三つを、コツコツと積み重ねていく。

  

本の価値が問われる時代だからこそ、

このような「当たり前」をきちんと実践していくことが重要だと思いました。

  

本を介して、他者のアイディアと自分がつながったとき、ちいさな感動が生まれる。 

その感動が次の行動の原動力になる、なんていうこともあったのではないでしょうか。

 

本というものは、他者と自分をつなぐ架け橋のひとつだと思います。  

末永く人びとをつないでいく丈夫な「橋」を創ることが、小社の目的のひとつです。

   

時代を経るごとに、情報伝達の速度は急激に加速し、その量も膨大になり、

身のまわりでは無暗に情報が飛び交っています。ときには本人の意思とは無関係に、

情報を与えられてしまうこともあるでしょう。 

 

人類は情報を得たり、共有したりするのに驚くほどの利便性を獲得しました。

しかし、その利便性は、ときとして人びとの「思考の活動」を奪いかねません。

  

本来じっくり考えるべきであるはずのことが、吟味する余地を与えることなく、

「答え」であるかのように飛び込んでくる。

これでは、人の思考力はどんどん衰弱してしまうのではないでしょうか。

  

本は自分の思考を育ててくれるものです。

本を書いた人の問題意識にふれ、それに向き合い、

そしてそれについて思いをめぐらす。 

たった一冊の本が、自分自身のなかに隠れていた思いや考えを刺激し、

呼び覚ましてくれるかもしれません。 

本は思考の種の栄養になるのです。

  

そんな1冊の本はさまざまな人びとの力が合わさってできあがります。

書き手や出版社のほかにも、デザイナーの方、印刷所の方、紙を扱っている方、

製本する方、書籍を読者に届けてくれる本屋さん、そして読者のみなさん……。

  

一つの本ができあがるまでのあいだに、さまざまな人の手に渡り、

それぞれの思いやアイディアが編み込まれ、読者の方々の思いや思考へとつながっていく。

そのなかで、灯光舎の活動として大切なことが先ほどの三つの柱だと思っています。

  

灯光舎にできることは、小さなことをコツコツと積みかねて

忠実に継続していくこと。

やがては、それが人びとの心や手もとにのこる一冊の誕生に

つながっていけば幸いです。

 

2019年6月3 

 代表 面髙 悠

2023年2月19日改訂


株式会社 灯光舎

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